休養。
この言葉には、身体を休める、気力や体力を養う、という、ふたつの意味が隠されています。休養のとり方は人それぞれですが、忙しいウィークデイを過ごした週末にはザックを背負って山に行く、そんなふうにリフレッシュする積極的な休養スタイルを続けてきたのが、山歩きのベテラン、大庭大さん。山の魅力と楽しみ方、山に親しむことで得られるリフレッシュ効果について、大庭さんにお話をうかがいました。
RLスタッフ:山に親しむようになったきっかけから、話していただけますか。
大庭さん:山歩きの最初の一歩は両親と登った高尾山。写真が残っているのですが、1歳11ケ月くらいの時でした。以来、山好きの父に連れられて、住んでいた町田(東京都多摩地域南部)から近い丹沢などの東京近郊の山に登りました。富士山は5歳のときが初めてで、小学生の頃は毎年のように行きました。ただ、中学生になって野球部に入ったことで土日も忙しくなり、父と山に行く時間はほとんどなくなりました。
RLスタッフ:記憶に深く刻まれている思い出があったら教えてください。
大庭さん:高校1年のとき、久しぶりに父とふたりで北アルプスの穂高岳から槍ヶ岳までを縦走をしました。岩場を越えるような難所もあるルートでしたが、初日の登山ルートの岳沢から、草原地帯の上にそそり立つような岩峰群の感動的な風景を目にしたのです。それは衝撃でした。日本にもこんなヨーロッパアルプスのような風景があるんだ、と。
それまでは、父に連れていってもらっている、という山との関係だったのですが、そのときから、自分でも登ろうという気持ちになりました。
実は、その年の秋にもう一度、父と奥秩父を歩いたのですが、山から帰ったときに父から「お前とはもう一緒に山に行かない」と断言されたのです。先を歩く私が、止まって父を待つということが繰り返されたせいです。野球部の練習で毎日のように走り込んでいましたから、父との体力差がつきすぎていたのです。そこからですね、自分ひとりで山に行くようになったのは。
RLスタッフ:そこからさらに経験を重ねてこられたのですね。
大庭さん:大学生になり、山のクラブに入ったことで、山をオールラウンドに楽しむようになりました。雪のない季節はテントを担いで本格的な縦走登山を。沢登りや岩稜歩きもやるようになりました。そして、雪のある冬は、山スキーを楽しみました。
RLスタッフ:社会人になってからも続けることはできたのでしょうか。
大庭さん:大学時代のように長い時間をかけて山に行くことはできなくなりました。基本的には土日の2日間しかないので、ザックも小さいものにして効率よく歩けるコースを選んで、ほぼ毎週末、山へ。20代後半にはパラグライダーもやるようになり、空から山を眺めるという楽しみも増えました。
30代、40代になると仕事の忙しさが増し、残業も増えました。なので、今週は家でのんびりしようかなという思いが一瞬頭をよぎるのですが、そこは無理をしてでも行くようにして、仕事ばかりの生活をリセットしていました。
RLスタッフ:山に行くことが、休息だったのでしょうか。
大庭さん:仕事で使う体力と、山に行って体を動かす体力とは、違うんじゃないかと思っています。山に入ってすぐは頭の中に仕事のことが残っていたとしても、スイッチが切り替わるように歩くことの方に気持ちが集中していく。そして、思いっきり体を動かすこと、美しい景色を眺めることでリフレッシュできて、精神的なバランスもとれていくんじゃないでしょうか。
それに私の場合、まれに家に一日中こもって休んでいたりすると頭が痛くなってくる。まして、天気がすごく良かったりすると、ああ山に行けばよかった、と後悔したりするわけです(笑)
RLスタッフ:美しい景色が見たくて山に行くのでしょうね。
大庭さん:私が高校生のときに北アルプスで目にした風景に感動したように、素晴らしい景色が記憶に残っている人は、たくさんいると思います。でも、いつも美しい景色に出会えるとは限りません。自然のことですから。
大学生のとき、テントを担いでの山歩きで、連日雨ということがありました。雨に煙って景色は見えない。けれども、足もとに咲く高山植物を見て「きれいだな」と感じた。それから、じゃあ花の名前を覚えたらもっと楽しくなるかもしれないと、高山植物のことを調べたりもしました。
そうそう、雨の森もいいものです。しっとりとした色合いで。心を癒してくれると言われる森の香りも強く感じることができる気がします。
RLスタッフ:大庭さんがなさってきた山との親しみ方は、登山ということでしょうか?
大庭さん:欧米における「登山」とはアルピニストが活動する「岩・雪・氷」のルートで、それは通常は氷河以上のエリアです。それ以下のフィールドを歩く行為は「ハイキング」と捉えられています。
一方日本では、ハイキングというと、のんびりと景色を眺めながら歩く印象があります。先ごろ発表された「JAPAN TRAIL」構想では、「ハイキング」を現在日本で使われている「日帰りの低山や丘歩き」という概念だけでなく、世界標準で考えて高山や岩稜地帯など「歩いて遊ぶ」ことの総称にしたいというコメントが出ていました。
それに倣えば、私は登山とハイキングに長く親しんで来たということになります。日本でも、いろいろな形で山を楽しむ人たちが増えるといいなとは思っています。
RLスタッフ:例えば、どんな楽しみ方がありますか?
大庭さん:私は高山植物に興味を持ちましたが、野鳥に詳しくなって鳴き声を聞いただけで鳥の名前を言える友人もいます。写真を極めたくなって、撮影のために山に行くという人も。山でごはんを作って食べる、いわゆる山ごはんを楽しむ人も多いです。
歩いた後の楽しみを考えてコースの計画を立てるという人もいます。例えば、食事の美味しい温泉宿に泊まって翌日帰るとか。僕もたくさん持っていますよ、とっておきの温泉宿の情報を(笑)。
RLスタッフ:楽しそうです。さっそく秋から歩いてみようかという入門者のために服装選びのポイントを教えてください。
大庭さん:靴は、足首を適度にホールドしてくれるミッドカットのトレッキングシューズがおすすめです。登山用具店やアウトドアショップに行き、ちゃんとフィッティングをして自分の足に合った1足を選ぶことが大切です。
レインウェアは、どんな季節でも、天気予報が晴れの日でも、命を守る道具として持っていくのが鉄則です。上下セパレートで、素材は防水・透湿性を備えた高機能なものを。風が冷たいときは、ウインドブレーカーとしても着用できます。
紅葉などの美しい風景を目にすることができるこれからの季節には、寒くなったら羽織れるフリースや薄手のインサレーションの入った防寒着も必要。
さらに、勧めたいのがドライレイヤーと呼ばれる、ベースレイヤー(肌着)の下に着るウェア。汗などの水分を吸い取ってベースレイヤーに吸い上げてくれる機能をもつため、肌が常にサラサラに。汗冷えを防ぐ効果を発揮してくれます。
RLスタッフ:高い機能性を備えたものを選ぶことが大切なのですね。
大庭さん:息子が子供のときに山に連れて行きましたが、いい思い出を残してあげたくて、ウェア選びにはかなり気を遣いました。ここを疎かにすると、寒く辛い思いをさせたり、低体温症になったりする可能性もある。なによりも安全を優先しなければなりません。
安全ということでいえば、最近はGPS機能付きのスマホアプリを山の地図として使う人が増えていますが、私は紙の地図とコンパスも持っていくべきだと思います。スマホのツールはルート計画を立てるのにもとても便利で、私も活用しますし、予備のバッテリーも持って行きますが、安全管理の面では便利なものに頼り切らないようにしています。
仕事の合間に地図を眺めたりすることがあるのですが、次はどのコースを歩こうか、と想像を巡らせて、これがいい息抜きになるのです(笑)。
RLスタッフ:経験を積んだからこそのアドバイス、ありがとうございます。ところで、これからも変わらず山歩きを続けるために心がけていることはありますか。
大庭さん:10年ほど前から、山を歩くことに加え、登山道やハイキングコース、林道などを走るトレイルランニングのレースにも参戦しています。体力をつかうので、バランスのいい食事をとることと、しっかりと睡眠をとることを心がけるようになりました。ところが、ハードなレースの後などは、疲れすぎて脳が興奮しているのでしょうか、なかなか寝つかないことがあります。年齢のせいかと思うこともあるのですが......。
RLスタッフ:「リカバリーウェア」のことはご存知でしたか?
大庭さん:知りませんでした。このインタビューのお話が来たときに、休むときに着るウェアだということを聞き、気になっています。それまでは1日休めば翌日はスカッとしていたのに、50代半ばを過ぎた頃から、なんとなく疲れが抜け切らないと感じるようになりました。それで、いい睡眠をとることが疲れの抜けにつながるのではと思うようになっていたのです。
RLスタッフ:ベネクスのリカバリーウェアは疲労回復や安眠のサポートを目的として日本代表選手らスポーツ関係者はじめ多くの方に愛用されていますので、
もしかしたら大庭さんの睡眠のお手伝いができるかもしれません。
最後に、大庭さんをそこまで惹きつけた山の魅力とは、なんなのでしょう。
大庭さん:常に見たことのない景色に出会えるから。それは、自分の足で歩いていかないと出会えない景色です。そこまでの道のりが肉体的に大変だった分、達成感と充実感を得ることができる。それが魅力ではないでしょうか。
Profile
◇大庭 大(おおば ひろし)
1961年生まれ、東京都町田市出身。広告会社の営業部門勤務を経て、2018年からNPO法人事務局長として、富士山の環境保全事業や富士山ロングトレイルの運営に携わる。幼少期から山好きの父に連れられ山に親しみ、高校時代から本格的に登山を始める。日本各地の山々や、南米パタゴニア、ニュージーランド、タスマニア、ヨーロッパアルプスのトレイルを歩き、UTMBなど海外のトレイルレースにも参戦。四季を通じて、山をオールラウンドに楽しんでいる。
ツール・ド・モンブランのイタリア側コースをハイキング中、グランド・ジョラスとモンテ・ビアンコを背景に。
写真 小平尚典
協力 JAPAN TRAIL(ジャパントレイル)
https://japantrail.jp