【Think Athleteインタビュー】プロサッカー細貝萌選手 経験を重ねた中で、地元群馬に戻り大切に思うこと Vol.2

Think Athlete / 休息タイプ-休養学 / 運動タイプ-休養学

目標に向かい進み続けるために、コンディショニング作り、そしてアスリート人生を設計できる方を、Think Athleteと定義。ベネクスとしては、リカバリー環境のサポートにより、悔いのないアスリート生活、人生のサポートをすることを目指しています。

今回はThink Athleteの第10弾として、プロサッカー 細貝萌選手に取材をさせていただきました。

前回までの記事はこちら【Think Athleteインタビュー】プロサッカー細貝萌選手 リカバリーへの意識の傍らにこのウェアがある Vol.1

RLスタッフ:
今なお現役を続けられる中で、地元のチームであるザスパ群馬に戻り、活動されている思いをお聞かせいただきたいです。

細貝選手:
プロになってからは群馬を離れ、海外も含め複数のチームに所属していましたが、いつか群馬に恩返しをしたいと思っていました。「自分は群馬のサッカーに育ててもらった」という気持ちがありましたね。

RLスタッフ:
地元の皆さんにとって、群馬から誕生した日本代表のサッカー選手が、世界に羽ばたき、また地元に帰ってきてくれたというのは、大きな存在だと思います。

細貝選手:
戻る前は、それほど自分のことは知らないだろうなと思っていましたが、いざ帰ってきてみると予想していた以上に、地元の方が自分のことを知ってくれていました。

RLスタッフ:
地元で応援してくださる人がいるというのは力になりますね。

細貝選手:
はい、うれしいですね。間違いなく、群馬県の子どもたちが、他の県に比べて、僕のことを知ってくれていると感じます。地元の子どもたちに、群馬県出身のサッカー選手に"細貝選手がいる"と思ってもらえることは、自分にとっても代えがたい価値あることです。

RLスタッフ:
身近にプロの選手がいる、会えるということは特別なものですよね。

細貝選手:
僕も子供の頃、プロサッカー選手である大野敏隆さんという中学の先輩や、プロ選手に会えた機会がありました。一緒にサッカーできたことも、かっこよさも記憶に残っています。「プロのサッカー選手って全然違うな」と。今振り返ると、地元でプロの選手に触れ合えるという機会が貴重だったなと思っています。

RLスタッフ:
子どもと触れ合うなかで、ご自身の子どもの頃の体験が重なったのでしょうか。

細貝選手:
そうですね。ヨーロッパのクラブに所属していた時は、クラブの下部組織の若い選手と会う機会がありました。U-201512とそれぞれ世代別の子どもたちも同じ施設内のグラウンドで練習をしているような環境で。その子どもたちがトップチームの選手とすれ違う時「トップチームの選手だ!」目を輝かせるんです。そんな経験もあり、サインをお願いされる場合でも、自分が思うよりも、子どもたちからすると、大きな思い出になることに気がつきました。

RLスタッフ:
大切な体験は子どもに深く刻まれますし、サッカー選手にはその力がありますよね。

細貝選手:
サッカーの楽しさ、サッカーっていいものだと思ってもらいたいですね。それもあり、ボールを蹴る施設を提供したくて、地元でフットサル場を運営しています。子どもたちの可能性は無限だとよく言われますが、実際に無限だと思っています。

こうして最終的に群馬に戻ってこられてよかったなと思います。前橋出身なので、今ザスパ群馬が練習している場所も、運営しているフットサル場も子供の頃から自転車で移動していた圏内で本当に地元なんです(笑)生まれ育ったところに戻るということは、意味があることだと思いながら生活しています。

RLスタッフ:
地元と言えば、細貝選手は、100人を超えるプロ選手を輩出している前橋育英高校ご出身ですよね。

細貝選手: 
3つ上に双子の兄がいて、その1人が育英だったことも影響し、自然と育英に行きたいと思っていました。中学を卒業する時にJリーグのユースチームからお声がけもいただきましたが、地元の高校サッカーで勝負したかった。環境もよく、県外から素晴らしい選手たちもたくさん来ていましたし、高校サッカーを選んでよかったなと思っています。

RLスタッフ:
プロになろうと決意されたのはいつ頃ですか。

細貝選手:
本気でなりたいと思ったのは、中学3年生の頃ですね。当時U-15の世代別日本代表に選ばれ、161718歳まで選出してもらいました。合宿には大阪や九州など全国からその世代の日本代表が集まり、その選手たちからも刺激を受けました。彼らは大阪や広島、鹿島のユースだったり、有名校で活躍していました。情報交換することもあり、その環境や経験が大きかったですね。また、地元に、全国的にもトップクラスの前橋育英高校があったことも影響していたと思います。

RLスタッフ:
地元にプロのチームがある、応援できる存在が近いということはいいことですよね。

細貝選手:
実際、地元でプロのJ2チームを作るとなると相当時間がかかります。自分がプロサッカー選手になった時、ザスパというJ2に昇格したプロサッカークラブが身近にあったというのは、恵まれていたと思います。

RLスタッフ:
チームにとっても、地元出身の選手が所属してくれることは違いますね。

細貝選手:
今のチームの選手には2003年、2004年生まれがいるくらいとても若いです。僕は彼らが生まれてすぐの2005年にプロ入団したのですが、そういう意味で伝えられることがあるのかなと思います。

RLスタッフ:
プロとして年を重ねられることで、周りから求められる変化もあるのではないでしょうか。

細貝選手:
自分の役割や立場などを把握して、うまく自分の中でコントロールするようになりました。選手としてはもちろんピッチ上で結果を出したいと思っていますが、出場機会の変化や時や厳しい状況ももちろんあります。コンディションの面も含めて、そういう時も、自分がここにいる意味に立ち戻るようにしていますね。

RLスタッフ:
地元の方をはじめ、子どもたち、チームメイトにとっても、細貝選手の存在がすごく大きなものであるシーンが増えていると感じます。サッカーをがんばっているジュニア世代に、必要なことや伝えてあげたいことなど、メッセージをぜひいただきたいです。

細貝選手:
僕は小さい頃から、周りの誰にも負けないくらい自分がサッカー好きだと思っていました。だから、まずはサッカーをとにかく好きでいてほしい。自信持って周りに「俺がお前よりサッカー好きだ」って言えるぐらいでいてほしいなと思います。そう言い切るには、自分がどれだけサッカーにフォーカスしているかだと思います。

RLスタッフ:
フォーカスするために、細貝選手はどんなことをされているのでしょうか。

細貝選手:
選手になると、当然、犠牲にしなきゃいけないことも多い。例えば、遊ぶのを我慢して練習したり、お菓子を節制したり、食事もコントロールが必要になります。自分がサッカー選手になるために、何をしていかなきゃいけないかを考えて取り入れてほしいなと思います。それこそ、リカバリーウェアもそうですし、いいものはたくさんあると思うので、どんどん取り入れて、試してほしいなと思います。

RLスタッフ:
今も、誰よりもサッカーが好きという気持ちは変わらないですか。

細貝選手:
変わらないですね。そんなに言わないですが(笑) やっぱり今もサッカーが好きだからここまで長く続けられていると思っています。

RLスタッフ:
まだまだ続けられるということですね。

細貝選手:
そうですね、続けたいです。自分より長くプレーされている方もまだ上にはいますから。

RLスタッフ:
「数年前よりも動けている感じがある」という言葉を動画で拝見しました。

細貝選手:
年齢を重ねていくと、やっぱり動けなくはなります。その分、経験値が増したことで、昔だったら、無駄走りしていたところを効率よくできたり、そういう感覚はありましたね。昨シーズンは、なかなか試合に出られなかったので、そこは調整が難しかったですが、一昨年は怪我明けでも、まだいけるなという感覚があって、その当時にお話しさせていただいた記憶があります。

RLスタッフ:
ザスパに移籍されて、環境の変化はありましたか?

細貝選手:
練習場を転々とすることは初めてでした。今まで各クラブ、海外ではそれぞれ素晴らしい施設がそれぞれありました。体のケアや準備を、環境が支えてくれていた面もあり、恵まれた環境だったなと思います。でもそれに甘えるのではなく、今ある環境に慣れること、今ある環境でできることを積み重ねることも大切かなと思っています。

RLスタッフ:
これまでお話をお伺いして、年齢や経験とともに培われてきた背景がお言葉の端々に感じられて、だからこそチームにとってなくてはならない存在なんだろうなと思います。

細貝選手:
若い時は正直あまりそういうことを考えないですよね。僕も実際そうでした。自分がプロになって、次は日本代表になりたいとか、ヨーロッパに行きたいとか、その気持ちでずっとやっていたので。今振り返ると、人間関係で後悔していることもたくさんあります。当時、プライベートですごくよくしてくれた人にも、もっと対応良くできたなと後悔することもたくさんあるので。

RLスタッフ:
今こうして振り返られるのが、細貝選手のお人柄を表していると思います。

Profile

細貝萌選手

1986610日生まれ、群馬県前橋市出身のプロサッカー選手。

各世代の代表チームに選出され、2005年に前橋育英高校から浦和レッズへ入団し、Jリーグ、天皇杯、アジアチャンピオンズリーグなどでタイトルを獲得。ドイツ、トルコ、タイなど海外リーグでも長く活躍。2021年シーズンより地元群馬県の「ザスパ群馬」でプレーしている。日本代表として国際Aマッチ出場30試合1得点。

〈所属チーム歴〉

FC前橋Jrユース - 前橋育英高 - 浦和レッズ - FCアウクスブルク(ドイツ) - バイヤー04レバークーゼン(ドイツ) - ヘルタベルリン(ドイツ) - ブルサスポル(トルコ) - VfBシュトゥットガルト(ドイツ) - 柏レイソル - ブリーラムユナイテッドFC(タイ) - バンコクユナイテッドFC(タイ) - 現在:ザスパ群馬

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